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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)1171号 判決 1982年12月10日

控訴人

井上運輸株式会社

右代表者代表取締役

井上光彦

控訴人

井上自動車整備株式会社

右代表者代表取締役

井上光彦

右両名訴訟代理人弁護士

前原仁幸

被控訴人(選定当事者)

山口強一

被控訴人(選定当事者)

山平弘志

被控訴人

豊丸哲弘

右三名訴訟代理人弁護士

西川雅偉

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(原判決の訂正等)

一  原判決三枚目裏五、六行目の「別紙選定者目録記載の各選定者及び原告(選定当事者)山口、同山平」を「原告(選定当事者)山口、同山平を含む別紙選定者目録記載の各選定者」と改める。

二  同四枚目表七行目の「所定労働時間」を「所定就業時間(拘束時間)」と改める。

三  同五枚目表六、七行目の「一出勤日当り三〇分間の時間外労働をしたことによる選定者ら及び原告豊丸の昭和四九年四月以降昭和五一年五月までの」を「しかるところ、各選定者及び原告豊丸は、昭和四九年四月から同五一年五月までの期間中その勤務する被告井上運輸又は同井上自動車整備に別紙出勤日数一覧表記載のとおり出勤し、右各出勤日において、前記2の事情から一日当り三〇分間の時間外労働をしてきた。各選定者及び原告豊丸が右各出勤日において右時間外労働をしたことによる」と改める。

四  同五枚目裏二、三行目の「昭和五〇年一二月五日以降昭和五一年六月五日まで支払期の到来した」を「そのうちその支払について労働基準法一一四条により附加金を請求することのできる(本訴提起前二年以内にその支払期の到来した)」と改める。

五  同五枚目裏七行目の「最終の支払日」の後に「(なお、被告両会社においては、賃金は毎月一日起算・末日締切り・翌日五日支払であった。)」を加える。

六  同六枚目裏二、三行目の「休憩を与えず、従業員が一日八時間三〇分労働に従事していた」を「休憩を与えなかった」と改める。

七  同六枚目裏四行目の「認める。」の後に、「同5のうち、被告両会社においては、賃金が毎月一日起算・末日締切り・翌月五日支払であったことは認める。」を加える。

八  同八枚目表五行目の「原告豊丸哲弘」の後に、「証拠保全の結果」を加える。

九  同一五枚目の別表二の後に、別紙出勤日数一覧表を添付する。

(当審における主張)

一  控訴人ら

1(一) 被控訴人(選定当事者)山口、同山平を含む別紙(略)選定者目録記載の各選定者(以下「各選定者」という。)は、別紙出勤日数一覧表記載の各出勤日(以下「本件各出勤日」という。)のうち別紙余暇時間一覧表Ⅰないし同ⅩⅠ記載のとおり右各一覧表記載の各出勤日において当日の労働を当時の就業規則所定の終業時刻である午後五時三〇分(以下「定時」ともいう。)より早く終了し、それぞれ余暇時間欄記載の余暇時間を享受した。右にいう「余暇時間」とは、休憩時間とは異なり、全く拘束のない時間であって、もちろん帰宅、遊興などは当該労働者の自由である。

もっとも、控訴人井上運輸株式会社(以下「控訴人井上運輸」ともいう。)は、日々の労働時間の算定に当っては右の早刻終業時刻を当日の労働時間の終了点として採用したことは一度もなく、日々の労働はすべて定時に終了したものとして賃金の支払をしてきた。

(二) 各選定者が右のとおり「余暇時間」を享受したことにかんがみれば、本件残業手当金請求のなされている昭和四九年四月から同五一年五月までの期間(以下「本件請求期間」という。)中各選定者が控訴人井上運輸の当時の就業規則所定の午前と午後の各一五分間宛の休憩(右休憩及び控訴人井上自動車整備株式会社《以下「控訴人井上自動車整備」ともいう。》の当時の就業規則所定の同様の休憩を、以下それぞれ「本件休憩」ともいう。)を取ることができなかったというようなことはありえず、控訴人らが原審でも主張したとおり、各選定者が日々本件休憩を取っていたことは明らかである。

2(一) 各選定者が従事している業務はその労働時間の全部又は一部を事業場外で勤務するトラック貨物配送業務であって、各選定者の日々の労働時間はその事業場外勤務としての性格上算定し難い。したがって、各選定者の日々の労働時間の算定については、労働基準法施行規則(以下「規則」ともいう。)二二条の適用がある。

(二) そうだとすれば、各選定者が定時に終業した場合、各選定者は規則二二条の規定に基づき通常の労働時間労働したもの(すなわち、就業規則の定めるところに従い本件休憩を取得したうえ八時間労働したもの)とみなされる。

3(一) 各選定者が従事している控訴人井上運輸の事業は労働基準法(以下「法」ともいう。)八条四号の道路運送事業にあたるが、右事業については、法及び規則上その特殊性を考慮してこれに従事する労働者(自動車運転手)の労働時間及び休憩時間につき次のとおり特例が定められている。

(1) 一日八時間労働の延長時間労働が認められている(規則二六条)。

(2) 一せい休憩の適用がなく、したがって、時差休憩、随意休憩でもよい(規則三一条)。

(3)(イ) 長距離の自動車運転手には、休憩時間を与えなくてよい(規則三二条一項)。

(ロ) その他の運転手には、休憩時間に相当する手待停車時間や折返し待機時間があれば、休憩時間を与えなくてよい(規則三二条二項)。

要するに、法及び規則上においても、道路運送事業の労働条件については、一般的規律で解決することができず、多分に日々の弾力的な運行管理が不可避的なものとして是認されているということができる。

(二) ところで、控訴人井上運輸においても、当時の就業規則一九条一項において従業員の就業時間は原則として一日九時間三〇分としこれを労働時間八時間と休憩時間一時間三〇分とに分ける旨定め、日々本件休憩を与える旨の同条二項の定めが原則としての定めであってその事業における日々の弾力的な運行管理を期待する趣旨を明らかにしていた。

したがって、同控訴会社においては、右原則の例外の形として、特定の労働日に各選定者ら従業員に右労働時間八時間を超えて労働させることも法三二条二項の制限の範囲内で許容される。また、そのために、従業員が当日本件休憩を取ることができなくなっても、前記(一)の(3)に示したとおり道路運送事業の自動車運転手の休憩時間は業務の性格上必要でないから、他日に繰越して取得させることも差支えないと解すべきである。

(三) しかして、同控訴会社においては、各選定者に対し前記1の(一)の余暇時間をもって未消化の本件休憩と振替調整をした。

4(一) 控訴人井上運輸の就業規則二四条二項は「運行途中の休憩は、車輛及び積荷の安全、保安を確認の上、とらなければならない。」と規定し、休憩時間中にも一定の拘束を課しているが、右規定は、前記3の(一)に示した道路運送事業に対する特例の趣旨から是認できるものである。

(二) そうだとすれば、規則三二条二項が規定しているような勤務中における停車時間、折返しによる待合せ時間その他の時間は、法三四条三項適合の本来の休憩時間でないとしても、同控訴会社においては、右就業規則二四条二項、規則三二条二項の運用上の休憩時間であるということができる。

(三) しかして、各選定者は、右のような時間利用を合計して日々所定の休憩時間を消化していた。

5 仮に以上の主張はいずれも理由がなく各選定者が被控訴人ら主張のとおり本件休憩を取らないで労働したため一出勤日当り三〇分間の時間外労働をしたことになったとしても、控訴人井上運輸は、次に述べるとおり、右時間外労働に対する残業手当金支払義務はない。

(一) 同控訴会社においては、前記原審主張のとおり、その就業規則に本件休憩を定め、このことを従業員に周知させ、従業員に対し当日の作業量如何にかかわらず事業場外勤務の過程において就業規則に従って本件休憩を取るように(なお、当日の作業量が多いため本件休憩を取っていたのでは定時に終業できない場合でも、本件休憩を取ったうえ、残った作業を定時以降に残業として処理し、残業手当金の精算支払を受けるように)指導していた。このことからすれば、仮に各選定者が前記のような時間外労働をしたとしても、本件休憩を取らなかったことがやむをえない正当な事由に基づくものでない限り、右時間外労働は、就業規則に違反しかつ同控訴会社の意志に反してなされた労働であって、賃金支払の対象となる労働と評価することができないというべきである。また、各選定者は、一応事業場外勤務者として、同控訴会社の前記労働時間等管理方式に協力すべきことが期待されている立場にあるから、右管理方式に違背して右時間外労働をしたとしても、その不利益は自ら負担すべきである。以上の理由により、同控訴会社は右時間外労働に対する残業手当金支払義務はない。

(二) 仮に各選定者が本件休憩を取らないで前記時間外労働をしたことがやむをえない正当な事由に基づくものであったとしても、各選定者は、自らの賃金が毎月一日起算・月末締切り・翌月五日支払であることを知っており、かつ日々勤務の実態を運転日報に記載して提出していたのであるから、各選定者は同控訴会社に対し遅くとも右賃金計算期間内に右やむをえない正当な事由に基づき本件休憩を取らないで時間外労働をした旨を申告して残業手当金の精算支払を求めるべきであった。そして、同控訴会社においては、各選定者からこのような申告がない以上、各選定者が就業規則所定の通常勤務に従事したものとして取扱うことも、規則二二条の法意に照らし相当として是認されるとしなければならない。そうだとすれば、本件においては、各選定者から本件各残業手当金の各賃金計算期間内にこのような申告はなかったから、同控訴会社は右時間外労働に対する残業手当金支払義務はない。

6 被控訴人豊丸は、控訴人井上自動車整備の常時一〇人以下の労働者を使用する事業場で同控訴会社の車輛整備業務に従事している者であるが、本件請求期間中、日々適宜休憩を取る勤務制のもとに、日々昼の一時間の休憩時間の他に午前午後に各一五分合計三〇分以上の休憩を取っていた。

二  被控訴人ら

1(一) 控訴人らの前記当審における主張1の(一)の「余暇時間」については、控訴人らから明確な概念規定がないので、その法的意味については理解し難いものがあるが、仮にこれが日々の労働時間終了後の非労働時間を意味するとすれば、控訴人らの右「余暇時間」存在の主張は、次に述べるように、控訴人らが原審においてした自白を撤回するものである。すなわち、原判決の事実摘示からも明らかなように、原審においては争点は本件休憩が各選定者及び被控訴人豊丸に与えられていたか否かという点にのみ存し、それ以外に争点は存しなかったのである。このことは、別紙出勤日数一覧表記載の各出勤日(以下「本件各出勤日」という。)における各選定者及び被控訴人豊丸の労働が定時までなされていたことを両当事者が当然の前提としていたということを意味し、換言すれば、各選定者及び被控訴人豊丸が本件各出勤日において定時まで労働したという請求原因事実については、控訴人らもこれを認めていたのである。したがって、控訴人らが当審でした右主張は右自白を撤回するものである。

被控訴人らは、控訴人らの右自白の撤回には異議がある。

(二) 控訴人らの右主張が自白の撤回としては許容されるとしても、右主張は、控訴人らの当然認識していてしかるべき事柄に関するものであるにもかかわらず原審において一切主張されなかったのであるから、民訴法一三九条にいう時機に遅れた攻撃防禦方法として却下されるべきである。

(三) 仮に右(一)、(二)の主張はいずれも理由がなく控訴人らの右主張が許容されるとすれば、被控訴人らは右主張事実を否認する。

控訴人らが前記各一覧表において主張する各出勤日の終業時刻は運転日報(<証拠略>)の「行程」欄等になされた最終時刻の記載によっているが、これは誤りである。なぜなら、同欄等の記載は当日における作業を極めて概略的に報告しようとするにすぎないものであり、したがって、右最終時刻の記載は、各選定者ら控訴人井上運輸の自動車運転手が同控訴会社に対し作業の終了時刻を確認する趣旨でなされたものではないからである。これを詳論するに、まず各選定者らの日々の作業内容を概略的に示せば、次のとおりである。各選定者らは同控訴会社の就業規則所定の始業時刻である午前八時までに同控訴会社に出頭し、そこで当日の作業指示を受けたうえ、同控訴会社から約一五分のところにある車庫へ向かい、同所で車に乗車して顧客のもとに赴くことになる。そして、同所において貨物運送業務に従事し、その終了後は一たん同控訴会社に戻り、車輛点検等を行ない(場合によっては、運送業務のために待機することもある。)、同控訴会社の指示により車を車庫へ戻すことになる。したがって、各選定者らの作業終了時刻を正確に把握する趣旨であれば、各選定者らは車を車庫に戻した後もう一度同控訴会社に戻りそこで運転日報に作業終了時刻を書き込み提出するということになっていなければならない。ところが、運転日報は前記のような趣旨で記載が行なわれているため、前記最終時刻としては帰社時刻が概略的に記載され、しかも、その提出も場合によっては帰社後車輛点検前にされたりしているのである。以上の次第であるから、前記最終時刻の記載が各選定者の当該出勤日の労働時間の終了時刻をあらわしているとはとうていいえないのである。

そして、このことは、各選定者らが同控訴会社から運転日報の最終時刻の記載を楯に早退を理由として賃金カットを受けるなどといったことがかつて一度もなかったことからも明らかである。

(四) もっとも、各選定者が定時以前に同控訴会社を退社することが一切なかったという訳ではない。しかし、このような早退は、いずれも同控訴会社の指示に基づき、定時まで労働したものとして取扱うとの合意のもとになされたのであるから、本件残業手当金等の請求には何らの影響も及ぼさない。

2 控訴人らの前記当審における主張2は争う。

各選定者は、控訴人井上運輸から本件休憩を取るよう指導を受けたことがなかったことはもちろん、本件休憩の存在すら知らされたことはなかった。したがって、各選定者の日々の労働時間の算定につき規則二二条の適用があるとの控訴人らの右主張は、その前提を欠くというべきである。

3 控訴人らの同3は争う。

各選定者が前記のとおり本件休憩の存在も知らされていなかった以上、そもそも控訴人ら主張のような振替調整などということはありえない。

4 控訴人らの同4は争う。

各選定者が所定就業時間中間断なく運転作業を続けていた訳でないことはもちろんであるが、控訴人ら主張の停車時間等の時間がいわゆる休憩時間となりえないことはいうまでもない。

5 控訴人らの同5はすべて争う(なお、控訴人井上運輸が各選定者らその従業員に対し本件休憩の存在を周知させこれを取るように指導していたとの事実は、前記のとおり否認する。)。

6 控訴人らの同6は否認する。

被控訴人豊丸が控訴人井上自動車整備から日々適宜休憩を取るよう指示を受けたことはない。

(当審における証拠関係)…略

理由

一  次の事実は、全当事者間に争いがない。

1  控訴人井上運輸は一般区域貨物輸送を業とする会社であり、控訴人井上自動車整備は自動車整備を業とする会社である。

2  各選定者は控訴人井上運輸の従業員もしくは従業員であった者、被控訴人豊丸は控訴人井上自動車整備の従業員であり、これらの者の職種、入社年月、退職の有無及び退職年月は原判決添付別表一記載のとおりである。なお、選定者村長を除く各選定者及び被控訴人豊丸はいずれも両控訴会社の従業員らで構成する運輸一般中央支部井上運輸分会(元の名称は全国自動車運輸労働組合井上運輸分会。以下「分会」という。)の分会員もしくは分会員であった者である。

3  両控訴会社の一労働日における所定就業時間(拘束時間)は、行政官庁に届け出られた就業規則によれば、午前八時から午後五時三〇分までであり、その間に、午前と午後に各一五分間と午後零時から午後一時まで一時間の休憩を与えることとされている。

4  両控訴会社においては、従業員の賃金は毎月一日起算・末日締切り・翌月五日支払であった。

5  各選定者及び被控訴人豊丸が本件各出勤日において一日当り三〇分間の時間外労働をしたことによる残業手当金の合計額は原判決添付別表二の「残業手当金合計額」欄記載のとおりであり、そのうち、その不払について法一一四条により附加金を請求することのできる(本訴提起前二年以内にその支払期の到来した)残業手当金の額は同別表二の「附加金額」欄記載のとおりである(但し、各選定者及び被控訴人豊丸が本件各出勤日において本件休憩を与えられなかったとの被控訴人ら主張事実が認定されることを前提とする。)。

二  次の事実については、控訴人らは明らかに争わないから民訴法一四〇条一項によりこれを自白したものとみなす。

1  各選定者及び被控訴人豊丸は、本件請求期間中別紙出勤日数一覧表記載のとおりその勤務する控訴人井上運輸又は控訴人井上自動車整備に出勤した。

2  各選定者は、本件各出勤日において、定時まで勤務した(この事実を、以下「本件(1)の事実」という。)か否か及び本件休憩を与えられなかった(この事実を、以下「本件(2)の事実」という。)かの点を除いては、前記一の3の就業規則所定のとおり勤務した。

3  被控訴人豊丸は、本件各出勤日において、本件休憩を与えられなかった(この事実を、以下「本件(3)の事実」という。)か否かの点を除いては、右就業規則所定のとおり勤務した。

三  本件(1)の事実の存否について

1  控訴人らの前記当審における主張1の(一)が本件(1)の事実を争う趣旨であるか否かについては、一考を要する。けだし、控訴人らは、原審において終始本件(1)の事実を明らかに争わず、当審に至り初めて右主張を提出したが、そのいうところの「余暇時間」については明確な概念規定をせず、かつ、その主張の形式上は、前記事実摘示欄の記載からも明らかなように、右主張自体が一個の防禦方法として本件(1)の事実に対する積極否認に当ることを明示せず、これを他の防禦方法の一構成要素として位置づけるにとどめているからである。

しかし、右主張は、これをその用語に忠実に解釈する限り、「各選定者は、別紙余暇時間一覧表Ⅰないし同ⅩⅠ記載の各出勤日において、右各一覧表記載のとおり、定時より早い時刻に当日の勤務を終了した。しかし、控訴人井上運輸は、賃金計算においては、便宜上当日の労働時間の終了点は右早刻終業時刻によらず、定時によった。」との趣旨に一応理解されるから、右主張は本件(1)の事実を争う趣旨であると理解するのが相当である。

2  そこで、被控訴人らの前記当審における主張1の(一)について判断する。

原審記録によれば、被控訴人らがいわゆる請求原因として主張した事実の骨子は前記訂正等のうえ引用した原判決事実摘示の請求原因事実のとおりであり、本件(1)の事実は同請求原因事実中に明確な表現を用いて主張されていないこと、しかし、同請求原因2ないし4の事実を合理的に解釈すれば、同4の事実中の本件残業手当金等の金額の算出が本件(1)の事実を前提としていることが明らかであり、したがって、本件(1)の事実は明確な表現方法によるものではないが同2ないし4の事実中に主張されていると認めるのが相当であること、控訴人らは、原審において当初同4の事実を争っていたが、主張整理の結果、本件(2)、(3)の事実が認定されることを前提として同4の事実を認めたこと、しかし、控訴人らは、それ以上進んで本件(1)の事実を認める趣旨の陳述は一切していないことが認められる。

右認定の事実によれば、控訴人らのした同4の事実の自白が本件(1)の事実の自白を含むとまで認めることは困難であり、控訴人らが原審において本件(1)の事実を自白したとの被控訴人ら主張事実はこれを認めるに足りないから、右事実を前提とする被控訴人らの右主張は理由がない。

3  次に被控訴人らの前記当審における主張1の(二)について判断する。

原審及び当審記録によれば、控訴人らは、原審においては弁護士図師親徳を訴訟代理人として本件訴訟に応訴し、被控訴人ら主張の請求原因事実中もっぱら本件(2)、(3)の事実のみを争い、本件(1)の事実については明らかに争わなかったこと、しかし、控訴人らは、敗訴の原判決を受けた後は、弁護士前原仁幸を訴訟代理人としてこれに控訴し、当審第一回口頭弁論期日において前記1説示のとおり本件(1)の事実を争う趣旨と認められる前記当審における主張1の(一)を提出するに至ったことが認められる。

右認定の事実によれば、控訴人らの右主張は請求原因事実の認否という訴訟の最も基本的な事柄に属し、当然一審において提出されてしかるべきであったというべく、したがって、それが当審に至って初めて提出されたことについては、民訴法一三九条にいう「時機に遅れて提出」されたものと評価することができる。

しかしながら、各選定者の日々の勤務状態に関する客観的な事実そのものは被控訴人ら主張のように使用者である控訴人らにおいて当然認識していてしかるべき事柄に属するといえるけれども、本件において、右客観的事実を前提として各選定者が日々どの時点まで勤務したとみるべきかを判断するについては、右事実に対する法的評価を必要とし、しかも、その法的評価は、後記するところからも明らかなように、相当微妙なものであり、法律専門家である弁護士といえども人によりその判断を異にすることもありうる。このことに、本件においては控訴人らの訴訟代理人が原審と当審とで交替していること等をあわせ考慮すれば、控訴人らが右主張を前記のとおり時機に遅れて提出したことについて同条にいう「故意又は重大なる過失」があったとまでは断ずることはできない。よって、被控訴人らの右主張は理由がない。

4(一)  (証拠略)によれば、次の事実が認められる。

(1) 控訴人井上運輸は約二〇〇軒の固定した顧客を有して前示の一般区域貨物輸送業を営んでいるが、同控訴会社がこれらの顧客と貨物輸送のために結ぶ契約には次の二種類のものがある。すなわち、一つは「専属契約」と称され運転手と車を一日顧客に提供しその一日の運賃が決められるもの、もう一つは「フリー」と称され積載量と距離とで運賃が決められるものがこれである。

(2) 各選定者の本件請求期間当時における日々の作業内容を概略的に示せば次のとおりである。すなわち、各選定者は、就業規則所定の始業時刻である午前八時までに同控訴会社に出社してその配車係からその日に従事すべき運送業務につき指示を受けたうえ、車庫で自己の担当する車に乗車する。そして、その指示された運送業務が前示の「専属契約」にかかるものであるときは顧客の許に赴きその指揮監督のもとに、また、それが前示の「フリー」にかかるものであるときは同控訴会社の指揮監督のもとに、それぞれの運送業務に従事する。残業をする場合を別にすれば、その従事する運送業務は一行程一、二時間程度のものから六、七時間程度のものまで種々のものがあるが、例えばそれが一行程一、二時間程度のものであればこれを三、四回、同じく一行程六、七時間程度のものであるときはこれを一回行ってその日の運転業務を終了するのが通常である。そして、右運送業務終了後、各選定者は一たん同控訴会社に帰社し、車輛点検、運転日報の作成提出等を行ない(場合によっては、さらに運送業務のために待機することもある。)、同控訴会社の指示により車を車庫に戻したうえ定時に退社する。

(3) なお、各選定者の従事する運送業務が前示のようなものである関係上、各選定者が右運送業務を終了して定時より相当前に(場合によっては数時間も前に)同控訴会社に帰社することも稀ではない。このような場合においても、各選定者は、右帰社後定時までの時間については、稀にさらに運送業務に従事すべきことを指示される場合のほかは、同控訴会社から格別業務の指示を受けることもなく、前示のような残務の処理に要する時間以外事実上自由に過すことを許されていた。

(4) しかるところ、同控訴会社において、右残務処理を終了した各選定者を定時まで会社構内にとどめておく業務上の必要のない場合には、各選定者が定時まで勤務したこととして取扱う旨の暗黙の了解のもとに、同控訴会社が各選定者に対し定時前に退社することを許可し、各選定者においてこれに応じ早刻退社することもあった。そして、各選定者の本件各出勤日中にも、何日かそのような早刻退社のなされた日が含まれている。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  そこで、右(一)認定の事実に基づいて考えてみるに、各選定者は本件各出勤日のうち定時に退社した日についてはもちろんのこと前示早刻退社した日についても定時まで同控訴会社に勤務したというべきである。けだし、右(一)認定の事実によれば、同控訴会社の前示早刻退社の許可は、同控訴会社において、各選定者に対し前示残務処理終了後定時までの残余労働時間中に格別指示すべき業務もなく各選定者をそれ以上会社構内にとどめておく業務上の必要がなかったことから、各選定者に対し当日は事実上それ以上業務の指示をしないこととして右時間を退社のうえ事実上自由に過すことを許諾したにすぎないと認めるのが相当であり、したがって、右時間は、法的には各選定者がなお使用者である同控訴会社の指揮監督下にある時間、すなわち労働基準法にいう労働時間に当るというべきであるからである。

してみれば、本件(1)の事実が認められたことになる。

四  本件(2)、(3)の事実の存否について

1(一)  (証拠略)によれば、次の事実が認められる。

(1) 控訴人井上運輸は前示一般区域貨物輸送を目的として昭和三五年五月設立された会社、控訴人井上自動車整備は主として控訴人井上運輸の営業用自動車の整備、車検手続等を行うことを目的として同じころ同控訴会社に附随して設立されたその関連会社であり、右両控訴会社はその代表取締役を共通にしている。

(2) 控訴人井上運輸の前示就業規則は、昭和四六年七月に会社設立以来初めて作成されて行政官庁に届出られ、その後昭和五〇年一二月に一部変更を経たものである。そして、その本件請求期間当時の就業時間及び休憩時間に関する前示就業規則の規定は、右作成、届出当初からのものであるが、そのうち終業時刻を午後五時三〇分とする旨の規定は、同控訴会社の次のような業務上の必要に基づいて定められた。すなわち、同控訴会社が前示「専属契約」を締結している顧客の終業時刻が通常午後五時になっている関係で、右顧客の許に車とともに提供される同控訴会社の自動車運転手が右顧客の許での業務を終了して同控訴会社に帰社する場合には帰社する時刻が午後五時三〇分程度になるため、同控訴会社の終業時刻としては右顧客のそれより三〇分遅らせた前記時刻とする業務上の必要があった。また、本件休憩に関する前示規定は、午前中の一五分間の休憩は原則として乗車業務開始後最初の運送業務を開始するまでの待機時間中である午前一〇時から一五分間に、また、午後のそれは原則として疲労の出始める午後三時から一五分間に取るべきことを予定していた。

(3) しかし、同控訴会社においては、前示のようなその業務の性質上、各選定者らその自動車運転手に対し前示規定の予定していたように一定の時間帯を定めて本件休憩を与えることは実際上困難であった。また、各選定者らは、その従事する業務の性質上日々不可避的に生じる待機時間等を事実上比較的自由に過ごし一応の休息を取ることができた。このような事情から、同控訴会社は、就業規則の前示規定にかかわらず本件休憩は当然取得したとして取扱うことができると考え、就業規則の前示規定を各選定者らに周知徹底させるため格別の手段を講じたこともないし、各選定者らに対し本件休憩を取るよう指示したこともなかった(なお、前示「専属契約」の顧客に対し、その指揮監督下にある各選定者らに本件休憩を与えて欲しい旨申し入れたことがないことはもちろんである。)。

(4) 控訴人井上自動車整備は、常時一〇人未満の労働者を使用する事業場であるが、控訴人井上運輸の前示のような関連会社であった関係から、就業時間及び休憩時間に関し就業規則上前示のとおり同控訴会社と同一の規定を置いた。そして、控訴人井上自動車整備において、被控訴人豊丸らその従業員に対し就業規則の右規定を周知徹底させるため格別の手段を講じたこともなくまた同被控訴人らに対し本件休憩を取るよう指示したこともなかったことは、前示の控訴人井上運輸の場合と同様であった。

(5) 各選定者及び被控訴人豊丸は、本件請求期間中、前記(3)、(4)の事情から両控訴会社の就業規則中に本件休憩に関する前示規定があることを知らず、かつ、前示のとおり両控訴会社から本件休憩を取るよう指示されたこともなかったから、本件各出勤日において待機時間中等に適宜一応の休息を取ることはあったものの、労働基準法にいう休憩時間(労働者が権利として労働から離れることを保障されており自由に利用することができる時間)である本件休憩を取得したことはなかった。

(6) 両控訴会社においては、本件休憩が右(5)に示したように就業規則の規定にもかかわらず与えられていなかった関係で、日々の始業時刻から終業時刻までの間の労働時間は労働基準法違反の八時間三〇分となっていたが、各選定者及び被控訴人豊丸は同法についての知識が不十分であったため、このことにつき特に問題意識を抱いたことはなかった。しかし、被控訴人(選定当事者)山口、同山平の呼びかけにより選定者村長を除く各選定者及び被控訴人豊丸が昭和五一年五月一一日分会を結成し、同日上部団体からのオルグの指導のもとに分会の斗争方針を検討した際、右オルグから右労働基準法違反の事実を指摘され、はじめてこれを知るに至った。そこで、分会は、両控訴会社に対し右労働基準法違反の点を改善するよう申し入れて団体交渉を続ける一方、労働基準監督署に対し前記違反事実につき調査等を求めた。両控訴会社は当初同署の調査に対し前記違反事実を否定し、分会の右申し入れを拒否していたが、結局は、同署の指導もあって分会の右申し入れを受け入れ、控訴人井上運輸においては同年七月一日、控訴人井上自動車整備においては同年八月一日、それぞれその就業規則の終業時刻に関する前示規定を終業時刻は午後五時とする旨に改め、かつ、本件休憩に関する前示規定を削除するに至った。

以上の事実が認められ、(人証略)中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  右(一)のとおり本件休憩は与えられなかったのであるから、本件(2)、(3)の事実はこれを認めることができる(控訴人らの前記当審における主張1及び同6は理由がない。)。

2  なお、控訴人らは、規則二二条により各選定者は日々本件休憩を取得したものとみなされる旨主張する(控訴人らの前記当審における主張2)。

しかし前記の三の4の(一)の(1)(2)において認定したとおり、各選定者は就業規則所定の始業時刻である午前八時までに控訴人井上運輸に出社し、配車係の指示に従い同認定の運送業務に従事し、右業務が終了した後に、同会社の指示により車を車庫に戻したうえ就業規則所定の定時に退社することとされていた。

右の事実によれば、各選定者が控訴人井上運輸の事業場外で労働時間の一部を労働することはあったとしても、前記認定の事実関係にある本件においては、各選定者の労働時間を算定し難い場合にはあたらないと認めるのが相当である。してみれば、本件においては規則二二条の適用のないことは明らかであるから、これが適用されることを前提とする控訴人らの右主張は理由がない。

五  控訴人らの前記当審における主張3について

控訴人らは、控訴人井上運輸がその主張の振替調整をいつしたのか、また、どの未消化本件休憩とどの「余暇時間」とを振替調整したのかを明らかにしていない。

しかし、右振替調整がどのような態様のものであれ、右振替調整をしたことにより控訴人井上運輸が各選定者に本件休憩を与えたことになることを承認しうるためには(右振替調整の許否自体が問題であるが、この点は暫く措く。)、右振替調整の対象となる控訴人ら主張の「余暇時間」が同法にいう休憩時間としての実体を備えたものであることが必要であることはいうまでもない。しかるに、右「余暇時間」が同法にいう休憩時間としての実体を備えたものとはいえないことは、前記三の4で認定したとおりである。

してみれば、控訴人らの右主張は理由のないことが明らかである。

六  控訴人らの前記当審における主張4について

控訴人井上運輸は規則三二条の規定にかかわらず前示のとおりその就業規則中に各選定者らその従業員に対し日々本件休憩を与える旨定めた。そして、右就業規則の規定によれば、本件休憩が労働基準法にいう休憩時間をさし、したがってそれが同法にいう休憩時間としての実体を備えたものでなければならないことはいうまでもない。してみれば、各選定者が休憩時間としての実体を具備しない勤務中における停車時間、折返しによる待合せ時間、その他の時間を利用して本件休憩を取得した旨の控訴人らの右主張は、これと異なる独自の見解に基づくものであって採用の限りではない。

七  控訴人らの前記当審における主張5について

控訴人らの右主張は、控訴人井上運輸においてその就業規則の本件休憩に関する前示規定を各選定者に周知徹底させかつ各選定者に対し日々本件休憩を取るよう指示していたことを前提としている。しかし、右前提事実の認められないことは、前記四の1の(一)の(3)で認定したところから明らかである。

してみれば、控訴人らの右主張は理由がない。

八  なお控訴人らの前記当審における主張1と6が理由のないことは前記四の1に記載のとおりである。

九  結論

以上認定説示の事実によれば、被控訴人(選定当事者)山口、同山平及び被控訴人豊丸の本訴請求中、控訴人らに対し残業手当金とこれに対する遅延損害金の支払を求める部分は理由がある。また、控訴人らが被控訴人らに対し労働基準法三七条に違反して原判決添付別表二「附加金額」欄記載の金額の残業手当金内金の支払をしないことにつき、控訴人らからその違法性を阻却する事由又は右違反に対し制裁としての附加金を課することを不相当とする特段の事由が存在することの主張がなく、以上認定説示の事実によってもこれらの事由が存在するとは認められない本件においては、控訴人らに対し右残業手当金の内金と同額の附加金の支払を命ずるのが相当である。

そうすると、右と結論を同じくする原判決は相当であって、本件各控訴は理由がないから、これを棄却し、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山忍 裁判官 矢代利則 裁判官 松尾政行)

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